阪神・淡路大震災から14年が経ちました。衝撃だったのは、阪神高速道路が倒れたこと。私は田舎が兵庫県なので、帰省の時に何度も通っていた道路でした。この震災のちょうど1年前(不思議に同じ日)に起こったロスの地震(ノースリッジ地震)で、やはり高速道路が崩壊しました。そのとき、専門家や関係者は「日本の高速道路が倒れることはありません」とコメントしたことを思い出します。でも、日本でも倒れたのです。
私は広報担当として「核融合の研究は安全です」という言葉をたびたび使います。しかしその言葉を使うことの重さをずっしりと受け止めています。
先日、安全衛生労働コンサルタントの先生から教わった「安全」を確保するための哲学。『そもそも「安全」など存在しない。存在するのは「危険」である。「安全」は自らの工夫と努力で創り出すものである。継続して努力しないと「危険」に結びつく。』「安全です」と言う限りは、自ら安全確保ための努力を絶え間なく続けていかないといけないのです。
また、技術の進歩によって「危険」が潜在化(隠れて見えなくなっている)とのこと。安全を確保するためには「危険」の兆候、可能性を見つけ出すことが必要なのです。「安全です」と言う限りは、どのような「危険」があるか言えるということなのです。
自らに言い聞かせるために、書き留めておきました。